なかの幼稚園が「大事にしてるもの」参観の代わりに理事長から

園長2年目、今までに「なかの幼稚園のおかげで…」や「さすが、なかの!」と褒めていただいたことも数多くあります。ありがたく、うれしく思うと同時に、その「なかの」は、

 

「先代園長先生や理事長先生が作ってきたものである!」

 

とも思います。このなかのを作ってきた理事長・前園長先生たちが、どんなことを大事にしてきたのか?たくさん聞いておきたいな、と考え、今回、理事長先生に文章を依頼しました。園児にも配布させていただきましたが、ここにも掲載させていただきます。

 

 

日曜参観の講演に代えて

なかの幼稚園 中村健

例年、六月に日曜参観と称して、普段、参観にいらっしゃれないお父さんを幼稚園にお呼びして、参観をしていただき講演会を聞いてもらう、そうした企画をたてています。

今年の講演会の講師は、私(学園の理事長中村)の予定でした。

ところが今年はコロナ禍の中、全学年が一度に参観を行うことははばかられます、残念ですが日曜参観は中止。

がっかりした私の思いを組んでいただいたのか園長から、

 

園長先生
講演に代えて、「なかの」がここまで他の幼稚園と違う教育、保育を目指してきたプロセスを書いて欲しい!ただし堅苦しくなくね…

 

という要請がありました。病を得て以来、保護者の皆様とお会いする機会もほとんどなく、そんな状況での以来、ぜひ書かせてほしいと返事をした次第です。どこまでかけたのかは不安ですが、ご一読いただけたら幸いです。

 

 

幼年教育研究所との出会い

幼児教育研究所

 

「子どもは何のために幼稚園に来るのか?」

 

四〇年以上前、現在なかの幼稚園が事務局を務める幼年教育研究所、その会が主宰する「夏季セミナー」に園長はじめ職員全員がはじめて参加しました。そこで議題になったのは「子どもは何のために幼稚園に来ているのだろう」ということでした。

当時、この会の主催者であり重鎮、全国でも名を知られた園長先生、

 

「子どもは仲間と昨日の続きをしたくて園に来る!」

 

とおっしゃった。とその言葉に向かって、

 

恵子先生
子どもは遊ぶために幼稚園に来てるの、ブランコに乗ろうと思って来てる、砂場のシャベルを一番に使おうと思って来てるの!

 

と、前園長、高橋恵子は明確に反論しました。その会に初めて参加して、まだ新人の園長が大先輩に面と向かって自分の意見を真正面からぶつけたのです。

この論争「園に慣れたばかりの子」と「卒園を間近にした子」の違いはあったのですが、その後この話題は「個と集団」と言う課題として、また「主体性と集団」あるいは「活動の中の自由性」そんな大きな話題へのきっかけとなっていくのです。

 

その研究会から戻った職員は一週間、特別なカリキュラムを用意せず、

 

「子どもたちは何を求めて幼稚園に来ているのか、確かめてみよう!」

 

と言うことになりました。その様子は年齢によって違いました。三才、四才児は遊びたくて幼稚園に来て、誰と昨日の続きといった様子ではなくて今自分のやりたいこと思ったことを求めている。そして五才児では昨日の続きを昨日の友達でやりたい、そうした姿が見られました。

ただその一週間の中で職員が気づいた事は、

 

「子どもたちが大人に頼らず、自由に遊ぶ時間は短い。途中と思われる遊びを、あっさりとやめてしまう」

 

この一週間を通して、

 

健先生
それでいいのか?もっと子どもたちのための環境を用意し、子どもたちを中心に置いた活動や行事を考えていかなくては!

 

と、園長はじめ、職員一同そうしたことを共有の課題にしようということになりました。

 

 

三才児の生活から

子どもたちの充実して遊べる環境をと考えたとき、三才児の子どもたちの生活の様子を見て、「制服」が私たちの求める環境と違ったものであることに気づきました。

これまで四才児からの入園がほとんどだったのですが、園児減少の流れもあって、各幼稚園は三才児保育を開始しました。

同じころから制服やカバンがそれまでと変わってくるのです。園の制服と言えば、それまで専門の業者が用意した定番のような制服が多かったのですが、この頃からブランド物の制服が流行り始めました。

 

ここが目に見える「なかの幼稚園らしさの始まり」かもしれません。子どもたちの様子を見ていると、朝、登園してまず保育室に入り制服から遊び着に着替える。

そうした流れの中で、門を入り保育室に入って友達が遊んでるのを見て「あ!あれで遊びたい」と思った子が着替えをしている間に違うものが目に入ると、最初に自分の思った遊びに向かっていくのでなく、近くで遊んでいた子どもの遊びにあるいは傍らにあったおもちゃに引っ張られてそちらに変わってしまう。

それが本来その子のやりたい遊びであれば良いのですが、見守っていた保育者にしたら「さっき、こっちで遊ぶって言ったんじゃなかったの」といった思いを感じました。

これがなかの幼稚園らしさの始まりなのです。自由な服で登園する幼稚園とブランドの制服に身を包んでバスに乗り込む幼稚園。世の中の流れ、他の園の向かう所となかの幼稚園が向かうところの違いが生まれた、小さなきっかけでしたがその後大きな違いを際立たせる目に見えるものになっていったと思います。

 

 

園舎の建て替えを迎えて

 

「子どもを中心に置いた建物、環境を考える」

 

三才児入園希望者が多くなったのですが、園舎は四才児入園を想定してたてられていて、三才児入園の希望者を全員受け入れることが出来ず、入園を断るなどもあって、なかのでも園児減少の波は徐々に表れてきました。

また園舎の老朽化も進んでいて、1993年、「在園児の数が減った今、園舎の建て替えを」と計画しました。

 

私たちが新たな園舎に期待すること

園庭では自分から遊びにとりくみ、虫取りや木登り、木の実や果物を見つけて食べる。自分たちで種をまいた野菜を収穫して、仲間と料理して食べられる。そんな探検や挑戦の出来る、仲間と集える場にしよう!

 

と考えました。

 

二つの砂場、砂だけでなく庭の花や小枝を使ってご馳走作りができて、水を流して仲間とパノラマを作る二つの大きな砂場。

 

園舎は、どこに行っても子ども達の場所(管理のため施設も必要、しかし子どものための空間と管理のための空間をはっきり分けて建てたつもりです)子ども達が自ら遊びたいと思える場や遊具を使って仲間と過ごす。

そして私たちが期待するのは「先生がその部屋の主で、そこにいるのはその先生の言葉に従う従順な子どもたち」といった姿ではありませんでした。私たちが大事にしたかったのは、

 

なかの幼稚園 大事なもの

 

「開放的であること!」

 

外でみんなが何をして遊んでいるのか見える、部屋の中の様子が砂場で遊んでいてもわかる、そうした環境を用意したいと考えました。

同時に、これが日本の幼稚園の特徴なのですが、同じ学年のクラスが複数存在する。そこでその部屋を通り掛かった他の先生が中の様子を感じることができる。また先輩の部屋の前を通る時に、後ろ側からも庭側からもその保育室の様子を見て学ぶことができる。

 

同じ学年のクラスが複数あるというとき、その教員グループは必ずしも一つになって同じ課題に迎えるわけではありません。ときには仲間の保育に共感できず、批判が中心になってしまったり適切なアドバイスをせずに会議を終えてしまったりということもあるのです。

後輩の日常の様子を見ているからできるアドバイスがある、先輩の保育士の様子を見ることで後輩はたくさんのことを学ぶことができ、また会議においても様々な角度から質問したりアドバイスを求めることも可能になる。

 

健先生
開放的であると言う事は、子どもだけでは無い、クラスを担当する教員にとっても大事な要素となるのです!

 

 

ここで30年前に完成した園舎について少しお話をさせてください。

今、つくし組のいる四つのクラス、その前のテラスの柱は赤色をしています。下駄箱の上下を分ける境も赤色をしています(つくしの学年カラー)。もり組、そら組の柱と靴箱の板は水色をしています。

つくし組の部屋の天井は四、五才の保育室よりも低くなっています。そしてクラスとクラスの間の壁(パーテーション)も取り外すことができます。

なかのでは、年少組から年中組に進級する際にクラス替えがあり、1クラスの人数が多くなりますが、進級前の期間を、必要と思えば部屋を広くして大人数で交流しながら生活していくことも可能です。

 

そして、ホールを中心にした建物も二クラスずつ、パーテーションを外すとホールに負けない広い空間を作る、そんな工夫もしています。

今では表面の痛みも進み、改修の必要と思われる床、玄関ホールから各保育室まで職員室も含めて、当時建築資金も不足する中、木製の床を用意しました。また、この床は総合的な体育館の床と同じように緩衝材としてゴムを使った小さな沢山の柱で支えられています。床の土台から小さな沢山の柱に支えられた置き床構造になっています。

 

今年張り替えたテラスも同様に木の質感を保って、五メートル弱の幅を持っています。こうした材料や工法の工夫により、子どもたちが転倒したときのケガは、それまでの生活の中で起こってきたケガと比べたらはるかに軽いものとなりました。

ただし、この材料の選択が職員の掃除の手間、年間通してのワックス掛けの労力などを考えると、安全と言う所では十分に機能しているのですが、次に改修するときは怪我の少ない床の特徴を生かした材木以外の材料選択をしなくてはならないのかもしれません。

 

さらに室内の壁、幼稚園には珍しいグレーの壁、中間色や蛍光色が当たり前の幼児の空間、施設の空間の中ではかなり特殊なものと感じられるかもしれません。この壁の設計にあたり壁の質、色についても検討を重ねました。

なかの幼稚園にせっかく自由な服装で登園してくれる子どもたち。

 

「カラフルな壁の前にその一人ひとりの服装が埋もれてしまうのではなく、そこで子どもたちが遊んでくれることで、活動してくれることで、グレーの壁に花を咲かせることができる!」

 

また、子どもたちの描いたものや作ったもの、先生が提示した遊びの道具や活動の様子を書いたものなどが主役になれるそんな思いでこの壁を用意しました。

 

その背景には、

 

健先生
「なんでもカラフルにすれば子どもは喜ぶ」そんな発想には共感できなかったから!

 

そして建物の外壁はベージュに空色、やがて庭の木々が大きくなった時、その木の緑の葉の中にそっと立たずむ、そんな期待も込めました。その結果初めてなかのを訪れた人は「ここ、幼稚園だったんですね、気付かなかった」ですって。

これまで過去の話が多かったのですが、そろそろスペースも気になるので最近のお話を書かせていただきたいと思います。

 

 

見学にいらした幼稚園の先生と遊びに来た保護者の言葉

2019年11月、県民の日ということで「見学をさせてください」と連絡があり、他県から九人の先生が見えました。「なかの」を見ていただいた感想を箇条書きにしたものが左記になります。

 

  • 子ども達はたのしそう、遊びを見つけられない子もいなかった。楽しんでいた。自由に好きな遊びをしている、これでいいのかな、という姿も先生達は見守っていた、結果子どもが修正していった。
  • 年少(つくし組)の活動を見た、制作をしていた、「この子には難しいかな?」と思える子もいたが、そうした子も楽しそうに取り組んでいた。
  • 子ども達が夢中で遊んでいる、次の遊びに移る時だと、私は「片付けてから」と声をかけてしまうことも多いが、ここの園ではその声を聴かなかった、その分、子ども達は夢中になって遊んでいる。先生が声をかける量が少ない。遊びでは好きなところに行って遊んでいるが、集まりの場面では、年長クラスは子どもが中心で、先生は口出しせず、隅にいて見守っていた。

 

 

年長組が木工で庭に家や乗り物を作り、年中組が動物園に遠足に言った経験から空き箱やダンボールで動物を作っている時期だったからと思われる感想、以下のものでした。

 

  • 朝、幼稚園に入ったところからの雰囲気、子ども達がワイワイしていて一緒に先生も楽しめている。制作、子どもが楽しんでいる、達成感を味わっている。こんな風に楽しめて取り組めたら、創り上げた時の達成感だけでなく、子ども達の育ちが期待できる。
  • やりたい遊びもあるがクラスでの活動もわかっている。子どもの中にスケジュールが入っている、やらされている感がない。同じ活動に取り組む気持ちがこんなに持てることに驚いた。(年長・年中の活動は「やりたい」と思った子から始まりなかには「遊んでからやる」と決める子もいます)
  • 子ども達の生活、やりたいことがやれる材料と環境設定が用意されている。今日、やっていることを次の日に続けられる環境、子どもが今という時にやる。形にこだわらず、大事にしたいところを絞っている生活と部屋作り。
  • 部屋、(保育室)にぎやか。壁面装飾がなく子ども達の絵が飾ってあった。自分の描いた絵を教えてくれた子がいた。年長は絵具を使っている、子どもの声を拾って実践しようとする、いいと思った。二、三才児クラスも楽しそうにやっている。見本を見ながら作るが楽しそうに取り組んでいた。
  • 集会をやっていた時、年中組が自分の制作をクラスに紹介していた、いい所も悪い所も見せていた、まだ完成に程遠いと思われる作品を作り紹介した子が胸を張って自慢げだった、「これが大事だ」と思った。

 

  • 部屋の環境構成、集まりに、ぎゅっとしている。(集中できる環境を作っている)子どもの使うおもちゃ(遊具)、出来上がった物とか売っているものは少なくて 子どもの作った物であそんでいた。(ミニカーなどよりブロックや積み木が遊具の中心、空き箱やセロテープなど自由に選んで使える環境)
  • 集まりの時に「まだ」という子に付き合う先生がいる。(無理に集まるのでなく自分から集まれるように援助したいと思っています)
  • 先生達の関係性が素敵、クラス担任や補助、バスの運転手など、くくりがなくて皆で子どもを見ている。ステキだなと思った。

 

以上が、昨年十一月に見学に見えた先生方の感想です。気の向くままに開園数年後からのエピソードと園舎改築時の思いなど書かせていただきました。この先生方の感想の中に私たちが、なかのが目指してきたものが少しずつ形になってきたことを読み取っていただけたら幸いです。

 

 

そして、つい最近まで他の園に通っていた方の感想から

また、コロナでの登園自粛のため自宅勤務をされているお父様が、午後の園庭開放の時間にお子さんと遊びにいらっしゃいました。その時も

 

「先生の表情が優しい!」

 

と言う言葉をいただきました。そのお父様がもっと前からこの幼稚園があることを知っていたら…との言葉を聞きショックでしたと言うのは前園長の感想でした。

私がこの職場に入った頃と今と、ずいぶん違う考え方になってきたと思っています。それは私自身の変化でもあるのですが、それを支えてくれてきたのは乳幼児の発達や心理学の進歩、さらに加えて脳科学や人類への理解がこの五十年の間にはるかに進化したと思えるのです。

 

今、子どもたちに知的なことを伝えるよりも、

 

「その主体性や感性をどう育てていくか、そのために、用意すべき生活環境を考えることが、子どもたちにとって大事であり不可欠なことである!」

 

そうした研究や報告を私やなかのの仲間で共有できたことが、なかのを育ててくれたと考えています。

これからもこうした学びを、職員と共に共有しながら、保護者の皆様と共に、子どもの姿を見つめ、新たな未来に向かって羽ばたいてくれる子ども達に育ってくれることを願い、日々の歩みを止めず進んでいく所存です。

 

 

「むすび」に代えて

子どもの姿を見ることもできず、このなかのを振り返る文章を書かせていただきました。その頃を思い出してみると、他に書くべきことがある、こんなことも書きたい、そんな思いに駆られました。

なかの幼稚園を作り上げる過程には多くの職員と共に過ごし悩み話し合った時のことを、お母さんやお父さんとお話する時間があったことを思いだします。共に保育を進めた多くの仲間、見守ってくれた保護者の方々に感謝致します。

 

健先生
病を得ながらこの職責にとどまることを許してくれている、職場の仲間、家族の支援に感謝!

そして二十四時間、保育のことを考え続けてくれて、常に子どもと共に過ごしている、時に共に悩み、ぶつかりながらも、自分たちの歩むべき道を、共に模索してくれた、前園長 高橋惠子先生への感謝と尊敬の思いを添えて、この文章を締めくくることといたします!ありがとうございました!

 

 

 

 

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